黒猫の見る夢 if 第8話 |
ルルーシュが懸念していた通り、やはりスザクは店員に注意をされた。 だが、その店員は若い女性で、頬を染めている様子から解るように、ただスザクと話す口実が欲しかっただけなのかもしれない。 スザクは店員に言われるまま、ペット専用の大きなカートにルルーシュを乗せ、買い物かごをそのカートの前の方のスペースに乗せると、今まで使っていたカートから品物を店員と二人で移動し始めた。 その最中も色々とスザクに話しかける店員に、仕事中にそんな私用の会話をしていていいのか?と思いながらも、スザクはにこやかな笑みで対応をしているし、温かな腕から獣の匂いをさせている冷たいカートに移動した事に不快感を感じていたため、ルルーシュは少しイラッとしながらも包まっていたブランケットの中へ身を隠した。 そこまでは、問題なかった。 しばらくすると、そんな店員のやり取りを見ていた周りの女性が、さわやかな笑顔で対応するスザクの元へ集まってきたのだ。 大輪の向日葵に集まる蝶のように、スザクの笑顔に惹かれ、集まってくる。 近寄り難いと思っていたスザクが気さくに話す姿を見て、チャンスだと思ったのだろう。 品物を移し終えれば店員は離れるしかなく、渋々場所を他の女性に明け渡した。 「猫、お好きなんですね」 一人の女性がそう口にした。 「はい、大好きです」 その問いに、スザクはにこりと笑顔で答えた。 それもいけなかったのだろう。 ほかの女性たちも次々声をかけてきて、スザクは困ったなという表情をさせながらも、丁寧に対応していった。 スザクは女性の扱いが上手い。 時間はかかるがどうにか乗り切るだろうと、ルルーシュは、ブランケットの中で小さな欠伸をした。 衰弱した体は睡眠を欲しているらしい。 何かあればスザクが起こすだろうと、体を丸め、眠りに就いた。 その様子にスザクは気がついたが、眠るなら起こさないほうがいいと、女性の相手に専念していた、その時だ。 「ネコちゃん、すらっとして綺麗な子ですね」 足も尻尾もすらりと長く、毛並みも今は荒れてしまっているとはいえ、それでも十分綺麗で、ずっと触っていたいと思うほど手触りがいい。 やせ細ってはいるが、気品が漂うその姿は、遠目からも引き付けられるほどだった。 ルルーシュを褒められたことが嬉しくて、笑みを深めて対応していると、集まってきた女性の一人がスザクの許可なしにルルーシュが眠るブランケットを捲った。 急に明るくなったことで、ルルーシュは目を覚まし、キョロキョロあたりを見回した。 止める間もなくされた行為にスザクは苛立ちを覚えたが、笑顔を崩すことはなかった。 「すみません。この子、体を壊しているので静かに休ませてあげてください」 そういうと、ブランケットを捲る女性の手に触れ、にっこりと笑いかけた。女性はその瞬間頬を染め、ブランケットを持つ手を緩めたので、その隙にブランケットを取り戻す。 「あ、えっと、ごめんなさいね」 頬を染めながらそう謝る女性を伺い見たルルーシュは、失礼な女性だなと思いながらも、まあいい、スザクに任せよう。と、再び横になろうとしたところ、今度は別の女性が口を開いた。 「本当にかわいい・・・いえ、綺麗なネコちゃんね。しかもオッドアイなんて珍しいわ。ねえ、その子うちの子とお見合いしません?」 その女性のカートには、でっぷりと太ったおそらく血統証付きの猫が乗っていた。 その猫は何やらルルーシュへ向けて奇妙な声をあげている。 威嚇とは違うその声に、ルルーシュは嫌な予感を覚え、思わず耳を伏せた。 「お見合い、ですか?いえ、申し訳ありませんが」 お見合いの意味を即座に悟ったスザクは、冗談じゃないと、すぐに断わりを口にした。 「そんな太った猫なんて嫌ですよね。ねえ、是非うちの子とお見合いしましょうよ」 そう、別の女性が口を挟んできた。そちらのカートにはすらりとした肢体の猫。 だがこちらも何やら奇妙な声をあげ、じっとルルーシュを見ていた。 なんだ?喧嘩でも売るつもりか? くっ、この倍以上ある体格差と、それでなくても衰弱した体では勝ち目はない。 なにより相手はどう見ても成猫。 こっちは不本意ながら仔猫だ。 しかし、お見合いとはどういう意味だ。 こうして顔を合わせることではないのか? まさか人間のような? いや、流石にそれはないか? 「いえ、うちの子はお見合いさせるつもりは・・・それに、そちらの猫は、どちらもオスですよね?この子も男の子なので」 スザクは困ったように眉尻を下げながら、二人にそう言った。性別が同じだから、普通であればこれで諦めるはずだった。 「あら、オスなの?」 「別にオスでもかまいませんわよ。うちの子はその黒猫ちゃんを気に入ったようですし」 目的はあくまでもスザクと今後親しくなることなのだ。猫の性別など、自分の子が気に入っているのであれば、この際どうでもいいのだというその言葉に、スザクは冗談じゃないと、思わず眉を寄せた。 「ならうちの子はいかが?この子はメスだし、うちの子も黒猫ちゃんを気に入ったみたいなのよね」 そちらのカートに視線を移すと、そこにいた猫も何やら奇妙な声をあげ、なぜかお尻をこちらに向けている。 何なんだ一体。 発情でもしているのか? もしそうだとしたら、そこにいるオスが反応するはずなのだが。 反応しないということは違うのだろう。 大体そんな猫をこのような店に連れてくるはずもないか。 ではなんだ? どちらのオスもメスのほうは見ずに、ルルーシュへ視線を向けていた事で、ルルーシュは猫たちの反応の意味が全く理解できなかった。 やはり喧嘩を売られているのだろうか。 「すみません。この子誰とも見合いさせる気はないので、お断りします」 にこりと爽やかで、それでいて絶対に引かないという笑顔でスザクは答えた。 ああ、さっきから周りの猫が妙にうるさいとは思ってたんだよね。 あれってルルーシュを見てみんな発情していたのか。 美形のルルーシュが猫になったのだから、きっと猫の世界でも美形なのだろう。 すらりとした肢体に綺麗な毛並み。 スザクでさえ、思わず見ほれるほど、すっごく綺麗な猫なのだから、猫からみれば相当なのかもしれない。 そして、人間と違い本能に忠実だから、こうやって盛んにアピールしているわけだ。 幸いというべきか、ルルーシュはこの状況が分かっていないらしく、キョトンと困ったような顔でスザクを見上げていた。 大丈夫だよ。絶対に誰にも渡さないから。ちゃんと全部断るよ。 とりあえずこの状況が済むまでブランケットの中で眠っていてほしい。 そう思い、手をルルーシュに伸ばした時、それまで大人しくカートで鳴き声を上げていた他の猫たちが、もう我慢できないと一斉に動き出した。 もちろん、ルルーシュ目がけて。 「え!?」 「うにゃ!?」 (なんだ!?) 突然のことで硬直しかけたが、今逃げなければ危険だと本能が叫び、ルルーシュは飛んできた猫たちの隙間をすり抜け、カートから飛び降りると、その場から逃げだした。 その後を他の猫たちも追いかけていく。 「ルルーシュ待って!!」 まずい!と、顔を青ざめたスザクはその後を必死に追った。 スザクの声を背中で聞きながら、ルルーシュは全力でその場から駈け出していた。 まだ衰弱しているとはいえ、やはり猫の本能なのだろうか。身の危険を感じたその体は、瀕死と言ってもいいほどやせ細っているにもかかわらず、予想を超える速さでこの場を離れて行った。 声をかけても足を止める事も振り返る事も無く、小さな黒い塊はみるみる遠のいて行き、スザクは必死にその姿を追った。 もっと警戒するべきだった。 確かに油断をしていたし、なによりルルーシュとの買い物が楽しくて浮かれていた。 こんな伏兵が隠れているなんて、予想していなかった。 こんな状況だ。もし何かがあっても、自分を頼ってくれると、スザクの傍が何処よりも安全な場所なのだと、そう思ってくれていると、過信していた。 だが、身の危険を感じたルルーシュは、スザクを頼ることなく、その横を通り過ぎ、姿を消したのだ。その事に、ショックを受けている心を抑えながら、ひたすら足を動かす。 「待って、お願い、止まって!」 その声が聞こえていないのだろうか。 黒猫は店の外に飛び出して行った。 |